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第15回片岡奨励賞受賞者からの研究紹介
新着情報 2022年12月20日
第15回(2021年度)片岡奨励賞授賞者である柿嶋 聡さんと本庄三恵さんに研究紹介をしていただきました。ますますのご活躍をお祈りします。
受賞理由の記事はこちら
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柿嶋 聡さん
この度は第15回種生物学会片岡奨励賞にお選びいただき、大変光栄です。歴代の受賞者のお名前を拝見し、賞の重みを感じるとともに、その名に恥じないように、さらに研究に邁進したいと考えております。これまでご指導いただいた邑田仁先生および吉村仁先生、奥山雄大さんを始めとする共同研究者の皆様、研究にご協力いただいた多くの皆様に御礼を申し上げます。
私は高尾山の麓で生まれ育ち、山梨県の親戚の家に滞在しては農業の手伝いの合間に昆虫採集を行い、生物に親しみました。中学・高校の生物部では、昆虫採集や魚採集などを通じて、多様な生物に触れ合いました。そのときの友人の中には、今では研究者となり良き相談相手になっている人もいます。その後、大学の生物学研究会というサークルで植物や鳥、菌類など、様々な専門性を持った友人と関わるうちに、当時最も興味のあった昆虫ではなく、植物を勉強することで、いつか植物と昆虫の相互作用の研究ができるのではないかと思うようになり、植物学へと進学しました。
最初に研究を始めたのは、国内に多数の固有種があり、日本列島で多様化したと考えられているサトイモ科テンナンショウ属の種間交雑現象についてでした。伊豆半島に分布する2種とその推定雑種について、分布調査、形態比較、開花期調査、遺伝解析などを行い、推定雑種が交雑起源である可能性が高いことを示しました。しかし、テンナンショウ属では、種間の遺伝的分化が小さく、実証するのは困難でした。そのため、いったんテンナンショウ属の研究は中断することにしました。
次に注目したのは、キツネノマゴ科イセハナビ属の周期的一斉開花現象です。イセハナビ属では、タケ・ササのように、周期的に一斉開花・枯死を繰り返す種があることが知られています。私は沖縄島に生育するコダチスズムシソウ(セイタカスズムシソウ)が6年に1度一斉開花して枯死することを定量的に確認し、一般的に一斉開花の進化要因とされる捕食者飽食説や受粉効率説がコダチスズムシソウの周期的一斉開花・枯死の進化や維持においても重要であることを示しました。一方で、八重山諸島や台湾のコダチスズムシソウは一斉開花しないこと、八重山諸島ではほぼ一回繁殖型であるのに対し、台湾では複数回繁殖型であることが明らかとなりました。近縁種が複数回繁殖型であることや分子系統解析の結果から、コダチスズムシソウでは、複数回繁殖型から一回繁殖型へと進化してから、発芽後6年目に開花・枯死するように進化したことで、周期性を獲得したことが示唆されました。その後も、台湾で別の種が一斉開花・枯死することを発見するなど、研究を続けています。
その後、国立科学博物館に移り、ウマノスズクサ科カンアオイ属やテンナンショウ属を対象に、餌となる花蜜を出さず、送粉者を騙して送粉させる植物の花・花序の匂いと送粉様式の進化についての研究を開始しました。日本列島で多数の種に分化したカンアオイ属では、近縁種でも花の匂いが大きく異なることから、送粉様式の進化が多様化と密接に関わっていると考えられました。騙し送粉であるために、送粉者の訪花頻度が非常に低く、苦労しながら、送粉様式の解明を進めています。一方、テンナンショウ属では、オス花序の仏炎苞に空いている穴を塞ぐことで、穴のないメス花序同様、効率的に送粉者を回収できます。これまでに、ユキモチソウが花序からキノコの匂いを出してキノコショウジョウバエを誘引するキノコ擬態植物であることを明らかにしました。また、テンナンショウ属では、多数の非常に近縁な種が日本国内に分布し、分類が長年混乱してきました。そこで、網羅的にサンプリングを行い、ゲノムワイドデータに基づく系統解析を進めており、多系統となる種が複数あることが分かってきています。
種生物学会に参加するようになったのは、実は学位を取ってからです。それにもかかわらず、皆さんに暖かく迎えていただき、今ではすっかり一番馴染んだ学会の一つになっています。今後も皆さんとの交流を深めながら、さらに研究を発展できるように頑張っていきたいと思います。
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本庄三恵さん
この度は、片岡奨励賞をいただき、誠にありがとうございます。このような賞をいただくことができましたのも、これまで研究のご指導・ご助言・励ましをしてくださった多くの共同研究者や研究室のメンバー、所属研究機関の方々のおかげです。特に、学生時の指導教官であった川端善一郎教授にはウイルス研究、ポスドク時の所属研究室の工藤洋教授には植物ウイルス、トランスクリプトームの研究の機会とご指導をいただきました。皆様にこの場をお借りしてお礼申し上げます。受賞を励みに、今後も一層研究に邁進していきたいと思います。
私は、これまで水域から陸域を対象に一貫して野生生物に感染するウイルスの研究を行ってきました。修士研究を始めたころは、核酸を染色する蛍光色素を使うことで海水や湖水といった環境水中に存在するウイルスを計測できる技術が普及してきていました。そこで、まず琵琶湖北湖において水中のウイルスの鉛直分布を調べた結果、1mL あたり 107-108 粒子のウイルスが見られ、水深とともにその量が減少すること、ウイルス数が宿主であるバクテリアの数とよりも一次生産の指標であるクロロフィル量とより高い相関を示すことが分かりました。この結果は、海洋で見られる特徴に類似し、貧栄養でかつ水深の深い琵琶湖北湖がより海洋的な性質を持っていることが明らかになりました。
博士課程では、アオコの主要構成種であるラン藻 Microcystis aeruginosa に感染するウイルスの研究を行い、ウイルスがアオコの消失を引き起こすことや、その現象には一種ではなく多様なウイルスが関わっていることを明らかにしました。学位取得後は、総合地球環境学研究所で野生生物の新興感染症コイヘルペスウイルス(KHV)病のプロジェクト研究に携わりました。環境水からウイルスを濃縮・定量する手法を開発し、KHV が日本への侵入から5年後には、全国の自然河川に定着していることを示しました。また、KHV によるコイの大量死が終息した後でも、堆積物には高い濃度でウイルスが蓄積していることなどが分かりました。これらはウイルスが存在しているにもかかわらずコイの病死が減少したことを意味しています。つまり、強毒性のウイルスが発生しても、その後はウイルスの弱毒化あるいは抵抗性の高い宿主集団に入れ替わることで、宿主とウイルスが共存することを示しています。
プロジェクトの途中で出産・育児を経験し、その後子育てと両立させながら、どのように研究をつづけるのかを模索していました。そんな中、工藤研究室で多検体 RNA-seq の手法開発に関わる機会をいただきました。野生生物のウイルス研究に、次世代シーケンサーを用いた網羅的な検出手法をぜひ取り入れてみたいと考えていたところでもあり、これを機に固着性で追跡調査のしやすい植物を宿主とするウイルスの研究を始めました。構築したハイスループットな RNA-seq 手法で、アブラナ科草本ハクサンハタザオの RNA-seq データを取得し、それを使って既知のウイルス配列と照らし合わせたところ、病徴の有無にかかわらず複数の植物個体からカブモザイクウイルスなど植物ウイルスの配列が検出されることが分かりました。その後の調査で、ハクサンハタザオには同一個体に同じ系譜のカブモザイクウイルスが数年以上の長期にわたり感染し続けることや、植物の遺伝子発現応答が季節依存的に変化することが分かりました。特に、冬の低温でカブモザイクウイルスの増殖は抑制され、宿主への影響も緩和されることで、宿主を殺さない継続感染が成立させている様子が見えてきました。現在は、ウイルスの感染が宿主植物にどのような性質の変化を引き起こすのか、遺伝子発現やエピジェネティック修飾の観点から研究を行っています。
生物は様々な環境に応答していますが、RNA-seq は、そのような応答を遺伝子発現という側面から網羅的にとらえる1つのツールです。応答の全体像を捉えるには、例えば、光合成速度や成長、窒素含量などさまざまな形質の測定や地道な観察が必要となります。このような多角的に表現型を捉える手法を導入しながら、種生物学研究の発展に少しでも貢献できればと考えています。