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【報告】第15回種生物学会片岡奨励賞 選考報告
新着情報 2021年11月09日
第15回 種生物学会片岡奨励賞 選考報告
2021年 11月 6日
選考委員会は,推薦のあった候補者の研究業績および種生物学会での活動について,慎重に調査審査し,最終選考会議を11月1日に行いました。その結果,選考委員の全員一致で,以下の2名に片岡奨励賞を授与することを決定いたしました(50音順)。なお授賞式と受賞講演は,12月4日(土)の種生物学シンポジウム会場にて行います。
柿嶋 聡(国⽴科学博物館)
本庄 三恵(京都⼤学)
片岡奨励賞選考委員: 井鷺裕司・川北 篤・西脇亜也(委員長)・吉岡俊人
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柿嶋 聡 氏の受賞理由
柿嶋 聡氏は、動植物の自然史についての自らの幅広い関心を掘り下げ、いわゆるモデル生物では見られない生活史戦略に着目しつつ、その奥底にある生物学的一般則を掘り下げる研究を数多く実施してきました。柿嶋 聡氏の研究の中でも特筆すべきものとして、キツネノマゴ科イセハナビ属をモデルとした周期生物の進化生態学的研究と、サトイモ科テンナンショウ属やウマノスズクサ科カンアオイ属をモデルとした無報酬の花による擬態的送粉現象およびその種の多様化との関連性に着目した研究が挙げられます。
イセハナビ属に関する研究では、コダチスズムシソウが沖縄島において6年周期で一斉に開花し、枯死する植物であることを定量的に明らかとし、その進化・維持において、捕食者飽和説、受粉効率説の両方が重要であることを示しました(Kakishima et al. 2011)。本研究は、一般に研究が困難な、3年以上の特定の周期で一斉に繁殖・開花し死亡する周期植物について、長期かつ定量的な研究で生活史を明らかにした初めての研究です。さらに、長年の野外調査と分子系統解析の結果から、種内でも地域集団により生活史が異なることを明らかとし、コダチスズムシソウの周期的な一斉開花は、複数回繁殖型の多年草から、一回繁殖型の多年草を経て進化したことを示しました(Kakishima et al. 2019)。これは、新規の仮説であり、今後の周期生物の進化研究において重要な知見です。また、コダチスズムシソウは、周期的一斉開花の進化に伴い、光合成や呼吸関連酵素の温度順化特性を失っていることが示唆されました(Ishida et al. 2021)。
一方、日本列島で特に多様化したサトイモ科テンナンショウ属やウマノスズクサ科カンアオイ属の多様化機構について、特に無報酬の花とそれに騙される送粉者との関係に注目した研究を行ってきました。テンナンショウ属の研究では、ウメガシマテンナンショウを新種として記載し(Murata and Kakishima 2008)、ホロテンナンショウなど複数の種の送粉者相を解明することで、送粉者相の違いが近縁種との生殖隔離において重要であることを示してきました(Kakishima and Okuyama 2018a; Kakishima et al. 2020; Suetsugu et al. 2021)。カンアオイ属の研究では、ゲノムワイドSNPデータをもとに系統関係の解明を行うとともに、花の形態・匂いと送粉者相に関する研究を進め、カンアオイ属の多様化における送粉生態の進化の重要性について明らかにしてきました(Kakishima and Okuyama 2018b, 2020; Okuyama et al. 2020; Kakishima et al. in press)。
上記の研究に加え、動物と植物の共通の進化機構について探るため、コダチスズムシソウと生活史の似ている周期ゼミの進化史に関する共同研究を進めました(Ito et al. 2015; Koyama et al. 2015, 2016; Kritsky et al. 2017; Fujiwara et al. 2018)。さらに、多種共存メカニズムなどに関する理論的な研究に参画しました(Asanuma et al. 2015; Tubay et al. 2013, 2015; Kakishima et al. 2015; Rabajante et al. 2016)。また、サトイモ科コンニャク属のショクダイオオコンニャクおよびギガスオオコンニャクの花序の発熱および花香成分を解明しました(Shirasu et al. 2010; Kakishima et al. 2011; Fujioka et al. 2012)。
これら一連の研究は、種の自然史を起点とする生物多様性研究を推進してきた柿嶋 聡氏ならではの独創性の高いものです。
種生物学会関係では、種生物本の最新号に「⼭の中に待ち受ける「わな」:テンナンショウ属の多様な送粉様式の謎」を書かれ、今後出版される本にコダチスズムシソウのことを書かれる予定です。また、数多くのポスター発表、シンポジウム企画者、幹事、PSB査読と、ここまで数多くの学会貢献がなされてきました。
以上の研究業績および種生物学会での活動は片岡奨励賞の受賞にふさわしいものです。柿嶋氏の活躍は、若手研究者を大いに鼓舞するものであり、また今後のさらなる活躍が期待されます。
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本庄 三恵 氏の受賞理由
本庄⽒は才能と熱意にあふれる研究者であり、⼀貫してウイルスを対象に、⾃然⽣態系での分布・性質・機能を明らかにする新たな研究分野「ウイルス⽣態学」を推進してきました。ウイルスはこれまで動植物の病原体として研究されてきましたが、本庄⽒の研究成果は、ウイルスが⾃然⽣態系の重要な構成要素であることを⽰しており(Honjo et al. 2006 J Plankton Res, Honjo et al. 2007 Fundam Appl Limnol, Honjo et al. 2010 Appl Environ Microbiol, Honjo et al. 2020 ISME J 他)、新たな「ウイルス⽣態学」として研究を展開しています。
本庄⽒は、⽔域⽣態系を対象として研究してきましたが、最近ではウイルス⽣態学の知⾒や技術を陸域⽣態系に取り⼊れ、植物ウイルス⽣態学を展開しています。固着性である植物をホストとするウイルスを対象とすることにより、⾃然条件下で初めてホストとウイルスとの相互作⽤を⻑期にわたって研究することに成功しました(Honjo et al. 2020 ISME J)。ハクサンハタザオとカブモザイクウイルスを対象とした3年以上にわたる調査の結果、致死的な影響を与えずに植物ウイルスが持続感染し、植物は季節環境に適応したウイルス防御戦略を持つことを明らかにしました。これらの研究を通して、植物の⽣活史の理解がウイルス⽣態学においても重要と考え、種⽣物学会の会員として、植物の⽣活史とウイルス動態との相互作⽤について重要な研究を進めています。
本庄⽒の研究は、⽣態系におけるウイルスの多様性を明らかにするとともに特異的なウイルスと植物宿主との関係における新規の現象とメカニズムを解明していくというスタイルで特徴づけられています。最新の分⼦⽣態学的解析法に裏打ちされたもので、今後の研究の発展がますます期待されます。特筆すべきは、⽣態系におけるウイルス研究の難しさを、次世代シーケンサーを⽤いた網羅的RNA解析などをはじめとする様々な⼿法を取り⼊れることで解決してきたことです。この⾃然植⽣においてウイルス多様性を明らかにする技術(Nagano & Honjo et al. 2015 Methods Mol Biol)は、絶滅危惧植物や外来⽣物からのウイルス検出に⽤いることができ、今後、環境保全施策に対する波及効果も⼤きいと考えられます。以上のように、⽣態系でのウイルスの分布や宿主―ウイルス相互作⽤を網羅的に分⼦レベルで捉えたことが、本庄⽒の研究業績の最⼤のインパクトとなっています。
これらの研究過程で構築した多検体RNA-seqの⼿法を、個体群分化・地域適応研究のモデル⽣物であるハクサンハタザオに適⽤することで(Honjo et al. 2019 AoB Plants)、初めて全遺伝⼦の発現の季節変化の解明と季節応答遺伝⼦の特定(Nagano et al. 2019 Nat Plants)に貢献しました。本⼿法は、時計遺伝⼦や病害遺伝⼦の概⽇リズムの解析に加え、他の⾮モデル植物にも導⼊することで⽣態学に新しい知⾒を与え、多数の共同研究による共著論⽂として発表されています。
さらに、種⽣物学会員としては、コロナ禍での初のオンラインシンポの実⾏委員⻑として第52回種⽣物学シンポジウムの開催に真摯に取り組みました。
以上の研究業績および種生物学会での活動は片岡奨励賞の受賞にふさわしいものです。本庄氏の活躍は、若手研究者を大いに鼓舞するものであり、また今後のさらなる活躍が期待されます。