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【報告】第10回片岡奨励賞受賞者からの研究紹介

新着情報 2017年01月29日

第10回(2016年度)片岡奨励賞授賞者である佐藤安弘さんと立木佑弥さんに、研究紹介をしていただきました。ますますのご活躍をお祈り申し上げます。

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佐藤 安弘 氏

 この度は、第10回片岡奨励賞をいただくこととなり、大変光栄に存じます。博士号を取得したばかりの私がこのような賞をいただくのはいささか恐縮ではあるのですが、賞の名に恥じぬよう今後も研究に邁進したいと考えております。振り返ってみると、珍しい生物を扱っているわけでもなければ、目新しい技術も使っていないにも関わらず、受賞に至ることができたのは、一重に先生先輩方のご指導ご鞭撻のおかげです。特に、学位研究を指導していただいた京都大学生態学研究センターの工藤洋教授、現在の受入れ研究者である龍谷大学農学部の永野惇講師には、この場を借りて感謝の意を表します。

 私は、自然の多い田舎町に生まれ、幼いころから淡水魚や昆虫などの生き物に触れてきました。植物に興味を持ったのは京都大学に入学してからでした。農学部の卒業研究でホトケノザの閉鎖花を扱ったのをきっかけに、身近な植物でも巧みに生きていることを知りました。種生物学シンポジウムにも、その頃に初めて参加させて頂き、様々な植物の生活史に関する発表を目の当たりして、益々植物への関心を膨らませることができました。

 大学院に進学してからは、植物と昆虫の関係、特に植物の植食者に対する防御を研究テーマとするようになりました。私が配属された京都大学生態学研究センターには、植物だけでなく動物や微生物を扱う研究室や、理論の研究室も所属していたため、自分の発見を一般的かつ論理的に見直す力を培うことができました。生態研センターでは他の研究室の先輩や同僚とも自由に議論しやすい雰囲気があり、学生どうしで活発な議論を交わすことができたのは、院生時代の貴重な財産となりました。

 博士研究では、ハクサンハタザオの有毛・無毛型とそれらを食害する昆虫を対象としました。まず始めに、アブラナ科狭食のダイコンサルハムシ(以下、ハムシ)が優占する野外集団において、周囲に無毛型が多いほど有毛型の食害率が低くなることを見出しました。この発見はハクサンハタザオがパッチ状に固まって生育していたことがきっかけでした。次に、どうしてこのような食害パターンが生じるのかと疑問に思い、ハムシを使ってシャーレ内で簡単な餌選択実験を行いました。その結果、有毛葉が無毛葉よりも少ないときだけ、ハムシの成虫が有毛葉を避けることわかりました。さらに、ハクサンハタザオの有毛型と無毛型を植食者がいない室内で栽培すると、有毛型の方が無毛型よりも生育が悪いことが分かり、有毛型が何らかのコストを被っていることが示唆されました。断片的な証拠から有毛・無毛型の頻度とハムシの在不在が鍵となっていることが分かってきたため、数百個体のハクサンハタザオ個体を栽培して2要因を同時に操作する半野外実験を行いました。その結果、ハムシ存在下では有毛型・無毛型間で食害と繁殖に少数派有利な状況が生じること、ハムシがいなければ無毛型は頻度に関わらず有毛型よりも繁殖が良いことが明らかとなりました。この実験から、ハムシを介した見かけの相互作用によって有毛・無毛型の間で負の頻度依存選択が起こることがわかりました。また、共同研究では、実データから推定した変数値を使ってモデリングを行い、ハムシによって有毛型と無毛型がどのくらい共存可能となるのかを解析しました。一連の研究から、ハムシを介した見かけの相互作用が有毛・無毛型の共存機構となることが示唆されました。植食者を介した見かけの相互作用は植物種間で数多く報告されてきましたが、こうした見方は植物種内での防御多型の維持を理解する上でも重要なのかもしれません。

 現在は、龍谷大学に異動して、シロイヌナズナの自然変異を用いて複数のアブラナ科食昆虫を扱った研究を進めています。今後は、これまで培った野外生物学の経験を活かしつつも、分野の枠にとらわれることなく柔軟に研究を展開して行きたいと考えています。

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立木 佑弥 氏

 この度は種生物学会片岡奨励賞を賜り、光栄に存じます。博士論文の指導教員である巌佐庸先生、ポスドクとしての受入研究者の佐竹暁子先生、佐藤佳先生、岩見真吾先生にご指導いただけたことで現在の研究スタイルや目指すべき研究者像の構築を行うことができました。また共同研究者のみなさま、多くの研究仲間に恵まれ、自然界にみられる生き物の驚くべき生活史について知ることができ、ときに熱く、ときに深く語り合えました。この経験は何物にも代えがたい宝です。感謝申し上げます。今回の受賞を励みにより一層研究に邁進していく所存です。

 子供のころは人並みに自然に触れる機会がありましたが、野外の動植物よりもむしろ恐竜や、犬や馬の品種を記憶する方に興味がありました。このような興味から過去から現在へと至る生物の変遷、つまり進化に興味を持つようになりました。高校生になってからは進化生態学という研究分野の存在を知り、研究者になることを意識し始めました。大学を選択する際、高校の生物学担当であった竹上俊也先生より受験校として九州大学理学部生物学科を勧めらたことをきっかけに入学しました。生物学科では私の希望通りマクロ生物学の講義が充実しており、生態学や集団遺伝学など研究者になるための基礎を十分に習得することができました。中でも巌佐庸先生、佐々木顕先生(現 総合研究大学院大学)らによる数理生物学の講義では、複雑な生物現象を比較的シンプルな数学をもちいて明瞭に説明する学問分野の存在を知り、これに惹かれ、数理モデルを用いた進化生態学研究を行いたいと考えました。

 卒業研究から大学院での学位論文までは森林樹木の豊凶(マスティング)現象の進化理論を研究テーマとしました。樹木が体内に資源を蓄積し、蓄積量が閾値を越えたときに大量に繁殖に投資することで、繁殖のリズムが生まれるという「資源収支モデル」が提案されており、このモデルを用いて毎年繁殖する繁殖モードから豊凶が進化する条件について理論的に解析を行いました。これまで提案されていた仮説は、同時開花による受粉率の向上や変動繁殖によって種子捕食者の個体数を低減させることなど「規模の経済仮説」と呼ばれる、資源投資と繁殖成功のバランスの上で豊凶が有利になることが強調されてきました。しかし自然界には毎年コンスタントに繁殖する植物も豊凶を示す植物もどちらも存在します。これらの樹種を見比べると、繁殖様式以外にも様々な生活史ステージでの違いが存在することが見えてきました。そこで、繁殖時の経済性だけでなく、それ以外の生活史における違いを考慮した理論の構築を進めました。その結果、世代交代様式の違いが豊凶の進化に大きな影響があることを見出しました。耐陰性が高く、いわゆる競争種と呼ばれる樹種ほど豊凶を示しやすいという理論的予測を得ました。

 学位取得後は、より実証的な研究との連携を模索したいと考え、北海道大学(当時)の佐竹暁子先生のもとで学振特別研究員として研究を進めました。北海道恵山のブナ林の豊凶記録について共同研究者の皆様とともに解析する機会をいただいた他、これまで行ってきた生活史の様々なステージでの違いを考慮した繁殖生態学の新たな展開として、現在までつづく、ササタケ類で見られる一斉開花枯死の研究をスタートしました。ササタケ類の多くの種は長期間クローナル繁殖を継続した後に一斉に開花枯死する一回繁殖型であり、特に東アジアの分布域において熱帯から温帯にかけて発芽から開花までの期間が長くなるという地理的な傾向が存在します。これに付随する傾向として、クローナル繁殖時に展開する地下茎の構造が熱帯と温帯で異なることも指摘されていました。進化の結果としての開花周期の違いがクローナル繁殖時の地下茎構造の違いに起因する可能性を検討するために、株の空間的広がりを捉えることができる数理モデルを構築し、進化的帰結となる開花周期を検討しました。その結果、開花周期はクローナル繁殖の効率と、開花結実による有性生殖の効率のバランスで決まることがわかりました。数理的な解析の結果、熱帯で観察される短い地下茎をもつ場合には、クローナル繁殖を継続すると空間的に混み合う事によって効率がすみやかに低下し、温帯で観察されている長い地下茎をもつ場合とくらべて、有性生殖への切り替えが早く起こりました。これにより、開花周期の地理的傾向は、地下茎構造の違いに由来している可能性を指摘しました。

 今後も興味深い生命現象について、数理モデルを用いたアプローチで理解に迫っていきたいと思います。