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【報告】第10回 種生物学会片岡奨励賞 選考結果

新着情報 2016年11月09日

第10回 種生物学会片岡奨励賞 選考報告

2016年119

 選考委員会は,推薦のあった候補者の研究業績および種生物学会での活動について,慎重に調査審査し,最終選考会議を1030日に行いました。その結果,選考委員の全員一致で,以下の2名に片岡奨励賞を授与することを決定いたしました。なお授賞式と受賞講演は,123日(土)の種生物学シンポジウム会場にて行います。

佐藤 安弘(龍谷大)

立木 佑弥(京都大)

片岡奨励賞選考委員: 井鷺裕司・川北 篤・西脇亜也(委員長)・吉岡俊人

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佐藤安弘氏の受賞理由

 佐藤安弘氏は,2011年に京都大学農学部を卒業した後,同理学研究科付属生態学研究センターに進学し,2016年に博士の学位を取得した。これまでに計8報の原著論文をはじめとする顕著な研究業績を挙げている。

博士研究では,アブラナ科の草本ハクサンハタザオとその食害昆虫について研究を行い,トライコームのある個体(有毛型)が低頻度のときにハムシの食害を逃れられること,これがトライコームのない個体(無毛型)との共存を導くことを明らかにした(Sato et al. 2014; Sato and Kudoh 2016)。佐藤氏は,野外集団で有毛型が周囲に無毛型多いほど食害されにくいことを発見し,これがハムシの餌選択によることを突き止めた(Sato et al. 2014)。周囲の植物が他の植物の食害に影響する現象は連合効果と呼ばれ,主に植物種間の相互作用として報告されている。佐藤氏の研究はこれを種内相互作用の1つとして位置づけるとともに,連合効果が防御型・非防御型間で成長率に逆頻度依存性をもたらすことを示すことで二型の維持機構として働く可能性を指摘した(Sato and Kudoh 2016)。

 佐藤氏の研究は高く評価され,種生物学会長の推薦により第6回日本学術振興会育志賞を受賞した。この賞は,自然科学から社会科学まであらゆる分野を対象としており,フィールド生物学の分野の若手研究者が受賞したことは特筆されるべきである。

 種生物学会においては,これまでに4回の発表を行い,その多くは原著論文として既に受理されている(Sato et al. 2013; Sato et al. 2014; Sato and Kudoh in press)。これらの研究では,上述の植物-植食者相互作用をはじめ,植物の繁殖生態学から,既知の文献データを統合したメタ解析に至るまで,多様な内容を扱っている。この他にも,ハクサンハタザオと複数の植食者の関係を調査した研究(Sato and Kudoh 2015)や,近畿圏を中心としたハクサンハタザオ41集団の遺伝構造を明らかにした研究(Sato and Kudoh 2014),セミ2種のフェノロジーと個体数変動に関する研究(Sato and Sato 2015)を発表しており,これまでに取り組んだテーマは多岐に渡る。

 学位取得後は,日本学術振興会特別研究員PDとして,モデル植物種の自然変異を利用して,アブラナ科植物と複数の植食者の関係を解明することを目的とした研究を進めている。佐藤氏は生態学的観点から課題を設定しながらも,分子生物学的手法が多用されている環境に身をおくことで最新の手法やデータについても知見を深めており,今後の研究の発展が大いに期待できる。

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立木佑弥氏の受賞理由

 立木佑弥氏はこれまで豊凶現象やタケサケ類の一斉開花枯死などの同調繁殖現象について数理モデルを用いた研究を行ってきた。特に進化理論に興味の中心があり,進化ゲーム理論を具体的な系に適用し研究を進めている。生物現象に対して理論的一般則を導くアプローチを取るだけでなく,実際に野外で検証可能な仮説を提案することは立木氏の特徴の一つである。以下にこれまでの研究の概略を記すとともに受賞の理由を記す。

 立木氏は,博士論文として豊凶の進化理論を構築した。多くの多年生植物はその開花量,結実量に大きな変動があり,その変動が地域レベルで同調する。その生起要因として,繁殖資源の蓄積に対して繁殖投資が上回ることで変動が起こり,他家花粉要求に起因する他個体との相互作用により同調が実現すると考える資源収支モデル(Isagi et al 1997 JTB)が提案されていた。立木氏は資源収支モデルにおいて一度の繁殖機会への資源投資如何で豊凶と毎年繁殖に別れることに着目し,進化ゲーム理論の枠組みで豊凶進化条件の解析を行った。これまでの豊凶進化理論は同時開花による受粉率向上や変動繁殖による種子被食率低減など種子の生産や生存にのみ着目して豊凶の有利性を強調するものが多かった。逆になぜ毎年繁殖する種が存在するのか,または種によって豊凶の程度が異なる理由は深く議論されてこなかった。さらには発芽後の生存や森林の更新動態に着目した研究はほとんど無かった。立木氏は種によって豊凶の程度が異なる理由は,森林の更新に関する戦略の違いに起因すると思い至り,豊凶の進化条件を導いた。一連の研究の主な結果として,耐陰性が高く,実生が暗い林床でも長期間生存する樹種ほど開花周期が長く進化していると予測した。また,種子捕食者の存在は,不在の場合と比べて実生生存率が小さくても豊凶が進化する促進効果があるものの実生が長生きしないときにはいずれにせよ毎年繁殖に進化することを導いた(Tachiki & Iwasa 2010 J Ecol)。この研究に加えて,有限集団に由来する遺伝的浮動は豊凶進化を促進すること(Tachiki & Iwasa 2012 TPB),種子捕食昆虫と豊凶の共進化的軍拡競争の解析(Tachiki & Iwasa 2013 JTB)などの研究を行っている。

 近年では,より実証的な研究を展開しており,北海道恵山のブナ林を対象とした共同研究では,13年間にわたる170個体の開花記録を解析し,開花動態が複数のクラスターに分類できることを示し,資源収支モデルの活用により恵山の開花パターンが再現可能であることを示した(Abe et al 2016 Ecol Lett)

 その他,ササタケ類の一斉開花枯死の周期に見られる地理クライン形成について新説を提案している。ササタケ類は種によって発芽から開花までのクローナル繁殖期間(開花周期)が異なり,熱帯から温帯に分布域を北上するに従って開花周期が長くなることが知られていた。またこれに関連する特徴として地下茎の構造が異なり,熱帯では地下茎が短く株が叢生するのに対し,温帯では長い地下茎を水平に展開しジェネットは空間的に混在する(Makita 1998 Plant Spec Biol)。立木氏らは進化の帰結となる開花周期はクローナル繁殖と種子繁殖の効率のバランスによって決まると考え,空間明示的数理モデルによって解析を行った。その結果,地下茎の長さがクローナル繁殖時のジェネット内競争(近親者間競争)を調節し,ひいてはクローナル繁殖効率を規定することで,進化の帰結となる開花周期を決定づけることを示した。これは地下茎が短いほどジェネット内競争が激しくなり素早くクローナル繁殖効率が低下することで,種子繁殖への切り替わりが早いタイミングで起こったと考えられる(Tachiki et al 2015 J Ecol)。この研究は空間をめぐる近親者間競争が植物の繁殖戦略を調節するという新しい視点を提案するものである。

 これらの研究経過,そしてデータ駆動型数理モデリング研究を目指す立木氏の研究姿勢は,理論と実証研究の架け橋となり,今後の生態学および,種生物学会の発展に寄与するものである。