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第18回片岡奨励賞受賞者からの研究紹介

お知らせ 2024年12月15日

18回(2024年度)片岡奨励賞授賞者である田川一希さんに研究紹介をしていただきました。ますますのご活躍をお祈りします。

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田川 一希さん(鳴門教育大学 学校教育学部)

 この度は,種生物学会片岡奨励賞をいただき,心より感謝申し上げます。選考にご尽力いただいた委員の皆様,当日の発表をお聞きくださった皆様,ありがとうございました。この名誉ある賞を,憧れの先輩方に続いていただけたこと,大変光栄に思いますとともに,改めて身が引き締まる思いです。

 この場をお借りして,これまでの研究を支えてくださった皆様に感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。卒業論文から博士論文まで丁寧に指導してくださった矢原徹一先生,フィールドで植物の見方を教えてくださり,日々議論を重ねてくださる渡邊幹男先生,九州大学生態科学研究室の皆様,共同研究者の方々に深くお礼申し上げます。また,大学院修了後に研究を続けられたのは,就職先の先生方のご支援があってこそでした。大学教員としての教育や研究への姿勢を教えてくださった福田亘博先生をはじめ,宮崎国際大学,鳥取短期大学,鳴門教育大学の先生方に心から感謝いたします。そして,幼い頃から自然や生物への興味を育ててくれた家族にも,改めて感謝を伝えたいと思います。

 私は幼少期から植物が好きで,特に花の多様性に魅了されてきました。見つけた植物を観察し,名前を調べて覚えていくことが楽しくてたまりませんでした。大学で進化生態学を学び,植物の多様性を進化の視点から統合的に捉える面白さに感銘を受けました。そこで九州大学生態科学研究室に進み,食虫植物モウセンゴケ属を題材に進化生態学の研究を始めました。

 転機となったのは,博士課程3年生のときの「さわると閉じる花」の発見でした。渡邊幹男先生との沖縄での調査中,食虫植物コモウセンゴケの花が,接触刺激に応じて2-10分程で閉じることが分かったのです。これまで接触刺激に応じた素早い運動は一部の植物の葉でしか知られておらず,花における例は初めてでした。この発見をきっかけに「この植物のことをもっと知りたい」という思いが日に日に強くなり,研究者としての道を歩むことを決意しました。

 その後,モウセンゴケ属の花閉鎖運動は,スペシャリスト植食者であるモウセンゴケトリバに対する防御として機能するという仮説を立て,行動実験とフィールド調査を重ねました。その結果,トウカイコモウセンゴケはモウセンゴケトリバの食害を受けた際に,概日時計による閉鎖の約9倍の速さで花を閉じること,花閉鎖によって胚珠が防御され,その代わりに花弁が食害を受けやすくなることが分かりました。これらの結果から,花閉鎖運動はモウセンゴケトリバの摂食を花弁へ誘導することで,適応度上重要な胚珠を保護する戦略であると結論づけました。現在は,花閉鎖速度の種間変異とその進化的背景を解明する研究を進めています。

 並行して取り組んでいるのが,食虫植物ナガバノイシモチソウ群の種生物学的特徴の研究です。食虫植物は捕虫葉で昆虫を捕獲する一方,送粉者としても昆虫を利用します。そのため,昆虫を餌として利用するか,送粉者として利用するかいうジレンマを抱えていると考えられます。日本に分布するアカバナナガバノイシモチソウとシロバナナガバノイシモチソウでは,捕虫葉と花が同時期に近接して存在しており,送粉者を含む大型の昆虫を多く捕獲することが確認されました。一方で,自家受粉でも他家受粉と同程度の数の種子を生産できることや,訪花頻度の高いヒラタアブ類が捕虫葉を認識して回避する行動を示すことから,送粉者捕獲のネガティブな影響は限定的であると考えられます。現在はこれらの成果をもとに,アジア全域のナガバノイシモチソウ群を対象に,捕虫葉と花の形質の多様性と送粉者捕獲の関連,そしてその進化的背景を明らかにする研究を進めています。

 私は,大学院修了後,生物系以外の学部で教育に携わってきました。授業の中で,種生物学研究で明らかになったとっておきの植物のエピソードを伝え,その中で学生たちの目が輝く瞬間に出会うと,大きなやりがいを感じます。こうした経験を通して,私は種生物学が果たす社会貢献の一つは,植物が織りなす世界の面白さを文化として伝えていくことだと実感しました。これからもフィールドで植物の姿をじっくり観察するスタイルを大切にしながら食虫植物の自然史の解明を続けるとともに,その魅力を多くの方々に届けることで,種生物学の発展に貢献していきたいと考えています。