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第17回片岡奨励賞受賞者からの研究紹介

お知らせ 2024年10月16日

17回(2023年度)片岡奨励賞授賞者である永濱 藍さんと望月 昂さんに研究紹介をしていただきました。ますますのご活躍をお祈りします。

受賞理由の記事はこちら

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永濱 藍さん(国立学博物館・植物研究部)

 この度は、第17回片岡奨励賞をいただき、誠にありがとうございます。このような賞をいただくことができましたのも、これまで研究のご指導・ご助言・励ましをしてくださった多くの共同研究者や研究室のメンバー、所属研究機関の方々のおかげです。特に、学生時の指導教員であった矢原徹一先生、学振PD時の受入教員であった佐竹暁子先生には、多くの研究の機会とご指導をいただきました。皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。受賞を励みに、今後も一層研究に邁進していきたいと思います。 

 私は、植物が、季節の移ろいと共に、新芽を出し、花を咲かせ、実を成熟させるなど、ダイナミックにその姿形を変える現象に魅せられ、展葉・開花・結実の時期や期間(フェノロジー)に関する研究を進めてきました。

 修士研究は、私が当時在籍していた九州大学内の保全緑地(温帯の里山環境)で、散策中の気づきと疑問をきっかけに始まりました。ヤマザクラのような木本が1週間程度と短期間に集中して咲くのに対して、シロツメクサのような草本は3ヶ月程度と長く咲き続けていることに気づいたのです。そして私は、形態や生活史が著しく異なる木本と草本の開花フェノロジーが、どのように異なるのかという疑問を持ちました。

 ここで私は、この混乱が生じている原因が、先行研究の観察・解析・考察において、個体・種レベルのフェノロジーを明確に区別して取り扱っていないためではないかと気づきました。つまり、種(個体群)レベルのフェノロジーは個体レベルのフェノロジーの集積であるため、両者は観察・解析・考察において並列に扱えるものではないと考えられます。そこで私は、一般的にフェノロジー解析に用いられる①種の開花期間や②個体の平均開花期間、③個体の開花期間の分散の他に、群集生態学の解析手法を参考にした④個体間の同調性を表す指標や、フェノロジーの時空間的な分布を表す⑤歪度、⑥尖度、⑦開花開始日の分散などを用いて、個体・種レベルのフェノロジーを区別しながら木本・多年草・一年草の間で比較・考察しました。その結果、草本よりも木本の方が、個体間の開花が強く同調し、種の開花期間が短くなること、また、個体の開花期間の平均は草本と木本で差がないことが明らかになりました。これは、開花における資源利用配分が草本と木本で異なること、木本の方が他殖の必要性が高いことに由来すると考えられました。本研究から私は、開花フェノロジーには、それぞれの形態や生活史を反映した戦略の多様性が表れていることを学び、世界中の植物の開花フェノロジーを観察したいと思うようになりました。

 そこで、博士研究では、植物のフェノロジーが全く分かっていなかったベトナムのビドゥップヌイバ国立公園の熱帯山地林で観察を始めました。しかし、この地域は植物の種多様性が高く、植物分類学的研究も遅れていました。そこで、まず私は、共同研究者らと、この地域の植物相の調査をしつつ、木本の展葉・開花・結実フェノロジーを記録・解析しました。具体的には、ビドゥップヌイバ国立公園内に5調査区を設置し(標高1660-1920 m)、5調査区の個体数上位の計91種(500個体)で、展葉・開花・結実の有無を3ヶ月毎に記録しました。調査区では、樹高4m以上の樹木の全個体を標識し、タイプ標本と比較して種を同定しました。その結果、5調査区全体の観察対象91種全てが雨季始めに展葉したが、観察期間中に開花した種は67種にとどまり、一年の中で明瞭なピークは見られませんでした。これらの結果、この地域には、毎年開花する種と数年に一度開花する種が共存することが明らかになりました。

 今後は、アジア熱帯から温帯・冷帯の各地の森林フェノロジーの記録解析を続けるとともに、全球的な緯度勾配に応じた植物の季節的な動態がいかに多様であるのかを明らかにしたいと考えています。

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望月 昂さん(東京大学大学院理学系研究科附属植物園) 

この度は、第17回片岡奨励賞を賜りましたこと、心より嬉しく思います。

ご審査に関わった先生方、当日講演を聞いて下さった皆様に、深く御礼申し上げます。 

本賞に至るまで、研究を続けてこられたのは、学生時代よりご指導いただいている川北篤先生をはじめ、研究室の皆様と交わした日々のディスカッション、そして学会などでいただいた叱咤激励のお言葉が大きな支えとなってきたことを感じています。改めて、深く感謝の意を表したいと思います。また、思い返してみれば、これまでいただいた喜びと同じくらい、エントリーした賞を取れなかった悔しさや、研究の面白さを十分に伝えきれなかった力不足の実感が、研究を前に進める強い原動力となってきたようにも思います。過去の受賞者には、第一線で活躍する錚々たる先輩方が名を連ねており、その顔触れを目にすると、改めて本賞をいただくことの責任を感じます。今後も一層の研鑽を積んでまいりたいと思います。

送粉生態学は、生態学の中でも歴史が古く、また多くの研究者が関わる、まさに華やかな分野だと思います。その中で、私が特に興味を持つのは、これまであまり注目されてこなかった地味な花や変わった花の生態、そして植物とあまり知られていない送粉者との関わりです。なぜそんなものに興味を持つのかと問われると、言語化は難しいのですが、未知のものや発見、冒険的な研究への憧れがあるのかもしれません。このような精神性は、京都大学の「人と違うこと」を美徳とする学風(だと私は勝手に解釈していました)によって育まれたものと感じています。送粉生態学の研究を志した3回生の秋から、自分の目で新しい現象を発見したいという思いで、様々なフィールドに出かけ、植物や昆虫と触れ合ってきました。

 これまで私は、花と送粉者の相互作用、特に送粉者との関係が不明な暗赤色の花の生態・進化と、ガガイモ亜科植物の送粉生態の解明という2つの大きなテーマを基に研究を進めてきました。

 花の色はしばしば送粉者と重要な関わりがあります。暗赤色の花は様々な植物の系統に見られますが、送粉者との関係は不明でした。私たちは、吉田山をはじめとする日本各地でのフィールド調査を通じて、アオキなど身近な植物を含む、暗赤色の花を持つ5科7種の植物がキノコバエに送粉されることを発見しました。さらに、ニシキギ属における種間比較により、キノコバエによる送粉は、赤い花、短い花糸、アセトインの放出という送粉シンドロームを伴うことを突き止めました。これらの研究により、暗赤色の花が少なくともキノコバエ類と関係を持つことが明らかになり、さらに、キノコバエが従来考えられていた以上に多くの被子植物の送粉者であり、特定の送粉シンドロームの進化に関わることが示されました。

 ガガイモ亜科の研究では、修士課程時の調査で奄美大島に滞在していた際に、サクラランが大型のガの脚によってのみ送粉されることを発見しました。サクララン属は、雌雄蕊が変形・合着して複雑な蕊柱を作るガガイモ亜科においても、特に複雑な花構造を持つグループです。本調査の合間に行った観察ですが、サクララン属の複雑な花形質が、花粉塊運搬において機能的に作用していることを示したこの研究は、非常に思い出深いものです。なお、暗赤色の花の研究を始めた経緯や、奄美大島でのサクララン調査にまつわるエピソードは、種生物学研究『花と動物の共進化をさぐる: 身近な野生植物に隠れていた新しい花の姿』に詳細を記しましたので、ぜひご笑覧ください。

 申し添えますが、これらの研究は、指導教員である川北先生と共に取り組んできたもので、いまだに「自分の発見」と胸を張れるものはありません。しかし実は、ここ3年で取り組んできた送粉生態系の研究において、ようやくそれを達成しました。現在、論文執筆に向けて鋭意取り組んでおりますので、今後の発表をどうか楽しみにしていただければと思います。

 また、これらの研究は、修士課程から博士課程、博士終了後2~3年の間に行われたものです。歳を重ねるにつれ体調やライフステージに変化があり、最近ではフィールド調査に以前ほど積極的に取り組めなくなってしまいました。一方で、所属している小石川植物園で栽培されている植物を用いて、花の匂いの分析や行動実験など、フィールドに出なくてもできる研究に取り組むようになっています。これらの研究は、誘引生態の至近的な要因に迫ることができ、大変興味深いものですが、このアプローチに依存すると、研究者としての自分の強みが失われてしまうのではないかという危機感も感じています。

 フィールドでの偶然の出会いや発見は、机上の考察だけでは決して得られないものです。そして、その偶然に出会い、知識や経験が繋がって新たな仮説が生まれる感覚(inspirationとはよく言われるものですが)も、また得難いものです。サクラランにへばりつく巨大なガ、夕暮れ、アオキの花に群がってきたキノコバエ、いずれも忘れられない光景です。

 誰もまだ見ぬ生物の生きざまを探求する初心と喜びを忘れず、これからも研究に励みたいと思います。