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【報告】第12回 種生物学会片岡奨励賞 選考報告
新着情報 2018年10月15日
第12回 種生物学会片岡奨励賞 選考報告
2018年10月 13日
選考委員会は,推薦のあった候補者の研究業績および種生物学会での活動について,慎重に調査審査し,最終選考会議を10月31日に行いました。その結果,選考委員の全員一致で,以下の2名に片岡奨励賞を授与することを決定いたしました(50音順)。なお授賞式と受賞講演は,12月 8日(土)の種生物学シンポジウム会場にて行います。
坂田 ゆず(秋田県立大)
中濱 直之(東京大)
片岡奨励賞選考委員: 井鷺裕司・川北 篤・西脇亜也(委員長)・吉岡俊人
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坂田ゆず氏の受賞理由
坂田ゆず氏は、日本に明治時代に定着した外来植物であるセイタカアワダチソウと、その植食者であり、寄主植物に約100年遅れて日本に定着したアワダチソウグンバイをモデルに、植食者に対する植物の被食防衛の進化を研究している。日本各地におけるアワダチソウグンバイの定着時期の違いを用い、セイタカアワダチソウが植食者への抵抗性を急速に進化させていることや、原産地の北米の個体群との相互移植実験を用いて、原産地と侵入地での気温の違いや、アワダチソウグンバイ以外の植食者群集の違いが、アワダチソウグンバイの密度を決定していることを示した。これらの研究はEcology誌に2本の論文として発表されている。
上記の研究を行う一方で、植物の送粉生態に関する研究でも優れた成果をあげている。無報酬ランであるナツエビネの結実に、周囲に報酬をだす花がどれだけあるかが影響するかどうかを、シカの摂食により森林の下層植生の衰退している京都府北部の森林と、シカによる摂食の影響のない佐渡で比較し、下層植生の有無がナツエビネの繁殖成功に影響している可能性を示した。本研究で、2014年のPlant Species BiologyのBest Paper Awardを受賞している。
さらにこの研究を発展させ、シカの摂食によりトラマルハナバチの重要な採餌源となっている植物が減少したことが、トラマルハナバチの個体群の減少をもたらし、春に開花しトラマルハナバチに送粉を依存するタニウツギの繁殖に負の影響をもたらしている可能性があることを、日本各地における精力的な野外調査により示した(Sakata and Yamasaki 2015 Ecosphere)。
坂田氏は研究を計画的に、ひたむきにこなす方であり、このような姿勢から生み出される重厚なデータが優れた業績として表れている。坂田氏の活躍は、若手研究者を大いに鼓舞するものであり、また今後のさらなる活躍が期待される。
中濱直之氏の受賞理由
中濱直之氏はこれまで主に草原に生息する絶滅危惧昆虫・植物を対象に、野外調査と遺伝解析により保全生態学な研究を進めてきた。その成果は24本の査読付き論文として出版しており、その多くは生物多様性保全に結びつく実践的なものである。さらに、これまでに生物多様性の普及啓発活動も積極的に実施しており、これまでに一般向け解析記事執筆を8本、講演を10度、マスメディアへの取材協力を3度、野外観察会講師を2度、博物館展示協力を4度実施している。このように中濱氏は論文執筆だけでなく、普及啓発活動にも積極的に行っており、種生物学だけでなく科学全体に対して多大な貢献をしているといえる。
中濱氏の最も大きな業績は、これまで注目されなかった博物館標本に遺伝情報としての価値を見出し、保全生態学に応用したことである。博物館標本の遺伝情報が利用できると、過去の生物情報に容易にアプローチすることが可能になる。しかし、標本のDNAは劣化が進行していることから従来の遺伝解析手法では解析が難しく、国内で標本の遺伝情報を活用した先行研究はほとんどなかった。そのため標本の断片化したDNAに適用可能な集団遺伝解析手法を開発し (Nakahama and Isagi 2017, Entomological Science)、それらを用いて過去から現在までの遺伝的多様性・構造の変遷を解明することに成功した。この手法を応用することで草原性絶滅危惧種の個体数の減少要因、また減少以前の遺伝構造に基づいた保全単位の提案を行った (Nakahama and Isagi 2018, Insect Conservation and Diversity)。さらに、植物標本種子の新たな再導入源としての可能性についても検証し、植物標本の生存種子を再導入することにより野外集団の遺伝的多様性を回復できる可能性を示した (Nakahama et al. 2015, Plant Ecology)。
こうした一連の研究手法は、これまでアプローチの難しかった生物多様性の時間的変遷を直接推定可能にするものであることから、保全生態学に寄与するところは非常に大きい。のみならず、これまで採集情報や形態情報の利用が主であった博物館標本に遺伝資源としての価値を付与することが可能になるため、博物学にとっても大きなブレイクスルーになりえるだろう。
また現在は、より簡易かつ低コストで博物館標本から遺伝情報を取り出し、集団遺伝学や系統地理学に応用する手法の開発、さらにDNAの劣化を防ぐ標本作成手法の開発について研究を実施している。これらの技術開発により、博物館標本の遺伝情報の利用は日本国内においてもますます一般化すると期待される。
中濱氏の2つ目の業績は、半自然草原性生物の自然史解明と有効な保全手法を開発したことである。まず、絶滅危惧チョウ類の一種コヒョウモンモドキについて、縄文時代から現在までの集団動態を推定した。その結果、個体数は草原面積の歴史と同調して変化 (縄文時代~20世紀まで増加したものの、過去30年間に急激に減少) したことを解明した (Nakahama et al. 2018, Heredity)。また絶滅危惧草本植物スズサイコについて、繁殖成功と遺伝的多様性を維持するために適切な草刈の時期を検証した。その結果、本種の開花結実期である7-9月を避けた草刈により、繁殖成功と遺伝的多様性が高く維持されることが明らかとなった (Nakahama et al. 2016, Agriculture, Ecosystems and Environment)。こうした一連の研究は半自然草原の生態系の重要性を強く認識させるものであり、また危機的状況にある半自然草原の保全の指針となりえる重要な研究といえる。