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【書評】ネイチャーガイド 「日本のスゲ 増補改訂」
新着情報 2016年01月18日
ネイチャーガイド 「日本のスゲ 増補改訂」
勝山輝男 / A5判 / 392ページ ISBN 978-4-8299-8404-8
文一総合出版 2015年8月10日発売 定価5,940円(本体5,500円+税)
■生き物は、多様性に満ちている。色鮮やかなチョウの羽から、美しいヴァリエーションに富んだランの花、フィンチの嘴まで、生き物たちは一つの分類群の中でも驚くほど多様な姿を見せてくれる。こうした多様性こそが、古くから生き物が人々を惹きつけてやまない理由の一つであることは疑いないだろう。実際、分類学の父であるリンネも、進化学を築いたダーウィンも、こうした生き物たちの「違い」への興味から、生物学全体の礎となる発見へとつながったのである。
そうした華やかな多様性にあふれる自然界の中で、本書「日本のスゲ 増補改訂版」が扱うのは、一見地味で何の変哲もない植物、スゲ属である。ページをめくると、「同じような見た目」のスゲの写真が延々と並んでいる。実際、スゲの分類は難しいものらしい。植物好きの友人は「スゲだけは分からない」と頭を抱えていたし、オンラインの百科事典にもわざわざ「同定が困難なことで有名」との記述がある。
本書でも、そうした同定の問題に関して、苦労の跡が随所ににじむ。先行の報告や図鑑類の記載が誤りである可能性や、同種とされているものの地域間での形質の違いなどが、あちらこちらで指摘されている。しかし、本書の記述からは、困難であるからこそ、こうした分類の問題に対して真摯に向き合おうという姿勢が感じられる。種分類について議論があるものは、これまでの報告や最新の情報、有力な見方などが整理され、丁寧に記載されており、現在のスゲ属の分類の問題点がまとめられている。むろん、本書の前版にあたる2005年の「日本のスゲ」の出版以降の情報も大幅に加筆されている。新種や変種、再発見種など19種が新たに記載され、各種について10年間で得られた新たな知見も追記されている。
しかし、本書の真の魅力は、そうした「ややこしい分類群を整理した」点ではないように思う。じっくりと本書の写真を見比べていくと、最初は「同じような見た目」に感じたスゲたちが、驚くほどに多様性に満ち溢れていることに気づくだろう。全体の姿かたち、葉の色や太さ、小穂の長さや実の付き方、果実や種子の形など、どの種も個性がある姿をしていることが分かる。なぜ、同じような見た目なのに、これほどまでに多様に進化し、共存しているのか? 本書を見ていると、リンネやダーウィンも感じたであろうそんな疑問と感動を感じずにはいられない。ランやチョウのような華やかな多様性ではないが、むしろ地味であるからこそ、スゲ属の多様性は神秘であり、魅力を感じさせるのである。
こうした種ごとの細かな違いに気づけるのも、本書の豊富な美しい写真のおかげだ。全体像だけでなく、今回の改定で大幅に追加された花序や小穂の拡大写真が、丁寧な解説とともに記載されている。図鑑としての機能にも手落ちはない。本書ではスゲ属をいくつかの節に分けて解説しており、本書の巻頭では各節への検索表を、節の解説では各種への検索表が用意されており、できるだけ容易に種同定ができるよう、工夫がなされている。各ページはすっきりと読みやすい構成でありながら、特に形態的特徴に関して充実した解説が用意されている。各種の詳細な情報、そして先に述べた真摯な現段階で得られる最高の分類情報が詰まった本書は、日本におけるスゲ図鑑の決定版であるといえるものだろう。
普段は、目にしても注意を払うことの少ないスゲ。そんなスゲの見過ごしてきた意外な魅力を、本書を手に野外で改めて発見してみてはいかがだろうか。新たな生命の神秘と感動が広がることだろう。(伊藤公一)
■カヤツリグサ科スゲ属は、とても身近な植物であるが、目立つ花をつけないためか、どうしても見落としがちである。花序(小穂)をつけていても、似たような種類が多いため、これまで関心が薄かった者には同定は容易ではなく、取っ付きづらい印象があるかもしれない。しかし、幸いなことに、日本国内に限って言えば、本書を手にするだけでその全貌を概観できる。
前作の「ネイチャーガイド 日本のスゲ」は、初めての日本産スゲ属全種の写真図鑑であり、分類・同定が難しいスゲ属の観察においては、革新的なものであった。本作は、その後に発表された新種など約20種類を追加し、最新の知見を盛り込んだものである。
本文は、「この本の使い方と特長」から始まり、「スゲ属植物のからだのつくりと名称」、「節への検索表」、「節の特徴」、各節に含まれる種の解説と続いていく。「スゲ属植物のからだのつくりと名称」では、絵とカラー写真をふんだんに使うことで、一般的な被子植物とは異なる名称が用いられる部位が、植物体のどの部分に当たるのか、分かりやすく解説されている。また、生植物と乾燥標本ではどのような違いが生じるのかにも触れられており、一般の観察者だけでなく、専門家にとっても重要な情報が含まれている。これはスゲ属植物の研究を長年行ってきた著者ならではである。続く、「節への検索表」と「節の特徴」は、必要な情報が簡潔にまとまっており、スゲ属植物の同定に非常に有効である。一般に、同定の難しい植物を識別する際、図鑑のどの辺りを見れば良いのか途方にくれてしまう場合が多々ある。その点、この図鑑では、まず同定したい植物がどの節に当たるのかを、このパートで調べることができ、その後の種同定へとスムーズに進むことができる。ただし、スゲ属植物は小穂以外の特徴が少ないため、検索表は小穂がついている個体であることが前提となっている。各節に含まれる種の解説では、各種(一部の変種、亜種を含む)につき1〜2ページを割き、全体の写真と小穂のアップ写真など複数の美しい写真が添えられている。また、詳しい解説文の他に、果期、生育環境、国内分布、国外分布、環境省レッドリストの情報が掲載されている。さらに、それぞれの節の最初には、節内の種への検索表が掲載されており、節への検索表とあわせて活用できる。これらの検索表が掲載されていることから、本書は単なる写真図鑑ではなく、同定を念頭に置いた観察図鑑であるとも言えるだろう。このように、本書は、一般のスゲ初心者から専門家まで、幅広い人を対象としている。唯一の問題点は価格がやや高価(5500円+税)という点であるが、植物好きが1冊持っておいて損はない充実した内容である。(柿嶋 聡)
■カヤツリグサ科スゲ属は世界に約2000種が存在し、一つの属に含まれる種数が最も多い属である。種間で形態的特徴がほぼ共通しており、一般的に見分けることが難しいことで知られている属である。
本書は、10年前に刊行された日本初のスゲ属全種の写真図鑑の増補改訂版である。新種および新産種20種が追加され、解説も最新の情報に改められている。収録されているのは日本産のスゲ属植物の全種:269種、および主要な18変種・亜種とヒゲハリスゲを加えた288種である。本書の冒頭部分には、スゲ属植物のからだの作りと名称についての解説があり、ここでは、写真や図が多用されていて、スゲ属自体やその植物体の各部位について識別ポイントを交えつつ詳細な説明がなされている。本書は、種を識別する際に、検索表と写真による絵合わせの両方から目的の種に達することができるように作られている。形態の似た種ごとにまとめた節ごとで掲載されており、検索表は「節へ」と「種へ」の二段階になっている。メインの図鑑部分はページあたり1種が基本となっており、解説文とともに種の生育環境がわかるような全体像を写した写真に加え、種を識別する際に重要な部位である小穂や果胞・果実もしくは株の基部の写真が掲載されている。写真はどれも質感や色合いが伝わってくるものになっており、とくに小穂および果胞と果実の拡大写真はそれぞれの特徴が視覚的にわかりやすくなっている。
私自身、植生調査の際にスゲ属が出てきたときは、同定が難しくてスゲsp.としていたものだが、本書は持ち運びに不自由しないほどの大きさの図鑑であり、写真が多いので絵合わせもできることから野外での使用に重宝できる。小穂や果胞についてはもちろんのこと、それに加えて株の基部についての特徴についても詳細に記されていることから、小穂や果胞・果実がついていない植物体でも種を識別しやすくなることが考えられる。本書があれば、スゲ属の種を識別する時はとても心強いであろう。また、スゲを見分ける際には花や果実が重要であることは知っていたが、これらの形態が本書で見られるほど多様で変化に富んでいるとは思いもよらなかった。一般的な写真図鑑のように目で見て楽しむこともできる図鑑でもあるだろう。こことから、本書はスゲ種を識別するのに最も適した図鑑であるのはもちろんのこと、多種多様なスゲ属の世界に触れることができる図鑑だといえよう。(古川 沙央里)